沢山のフラッシュやスポットライトで照らされたスポーツ選手の顔。選手の後ろにはスポンサーのロゴが指揮詰まったパネル。そんな場所で、今終わったばかりの競技の出来についてインタビューされている選手。
一度は目にしたことがあると思います。
こういったスポーツの国際大会のシーンと切っても切り離せないのが、「スポーツ通訳」の存在。
通訳とは無縁な生活をおくっている方々も、冒頭のようなシーンのスポーツ中継、そして通訳を介した選手インタビューは目にし、そして耳にしたことはあるでしょう。
全世界でテレビ中継されるような人気スポーツと言えば、テニスや野球、フィギュアスケートでしょうか?外国人選手がインタビューされる際に、姿が見えない通訳らしき声がコメントを日本語に訳して話している。
そんな華々しいスポーツの国際大会の裏方「スポーツ通訳」が、スポーツ競技の現場でどういう動き方をしているのか解説していきます。
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スポーツ通訳者とは?
国際試合ではチーム、メディア対応、会場での多言語対応等、様々な通訳者手配・外国語対応が必要になります。
選手側に所属する通訳
チームやスポーツ団体に付いている通訳は、選手側の一員。一つの大会や試合だけではなく、そのチームや団体が遠征する度に同行して選手の通訳をします。
専属や定期契約でチームに同行すると、毎回の会話や質問の内容に大差がなく、選手の性格や普段の話し方にも精通できるので、通訳は準備なしで完成度の高い通訳が可能です。
メディア対応側の通訳
テレビや新聞、ウェブ媒体でスポーツニュースを担当する記者が国際試合や国際大会には多く取材に訪れます。
これら記者が選手にインタビューをする際に間に入るのが、メディア対応の通訳。
通訳業務だけでなく、多数の記者を仕切ったり、各メディアのインタビューの順番を調整したり、時間を管理したりするのもメディア通訳の仕事になったりします。
こういった、進行や仕切り業務を通訳が行うのかどうかは、通訳を依頼するクライアントであるメディアリレーションの代理店の裁量によります。
しかし、スポーツの現場は「通訳だけ」やるわけには行かない臨機応変さが求められることは確実。そんなドラマチックなメディア対応通訳の現場については、【メディア対応をするスポーツ通訳の動き】に続きます。
会場の案内係
大きなスポーツの大会は、開催される会場の規模も大きいです。何万人も収容可能な会場の同線となる通路には、沢山のスタッフが配置されています。
その中に、「多言語対応」つまり日本なら「日本語」と「英語」ができるスタッフも配置が必要になります。
厳密に通訳では無いものの、時に英語で会場に関する質問に答えたり、日本人以外の関係者に細かいトラブルが近くでおこった際にファーストコンタクトになります。
会場アナウンス
選手入場、審判入場、表彰式、その他の館内放送などアナウンス関係も日本語と英語は別々の人が担当する場合があります。
英語アナウンスは、プロの通訳が雇われている場合もあれば、英語が正直あまり得意でない人が何故か英語アナウンス担当の場合。そして規模が大きくても何故か予算を割かない事が多いスポーツイベントならですが、ボランティアが担当しているケースもあります。
ボランティア通訳によるトラブル【余談】
余談ですが、先日、デンマークのバドミントンの大会で、アナウンサーが国名を間違えて連呼したとしてSNSでちょっと話題になりました。その弁明は「ボランティアが担当したから仕方ない」との内容。そんな風にボランティアであることに責任の落としどころを求めるならば、スポーツ協議会の人間にボランティアをやってほしいものですね。ボランティア搾取することを決めたのはそのスポーツの業界プロなので、責任は全くもって業界のプロにあります。
メディア対応をするスポーツ通訳の役割とは?
私がスポーツ通訳として活動している競技が一つあります。それは、バドミントン。
2018年、日本のバドミントン勢がノリに乗っていた時期に、日本で開催される世界大会にて通訳を担当しはじめました。
上記で説明した通訳の種類の中で、私が担当しているのは「メディア対応通訳」。
今回はバドミントンを例にとって、詳しくメディア通訳が試合の裏側でどんな動きをしているのかお話しします。
選手インタビューはどこで行われるのか、各所でのポイントは何なのか見ていきます。
記者たちが選手にインタビューが行われるのは、主に2か所。
- ミックスゾーン
- 記者会見
それぞれの通訳がどんな風に行われるのか見ていきましょう。
「ミックスゾーン」とは?ミックスゾーンでの選手インタビュー通訳
まず競技や試合が終わった後に選手が通るのはミックスゾーン。メディア取材は主にMIXゾーンと記者会見になります。
ミックスゾーンとは?
ミックスゾーンは、記者が競技直後の選手に対して簡単なインタビューをすることができる、スタジアム等のスポーツ競技会場に用意された取材用の場所です。ブログ冒頭であげたような、選手が立ち止まる背面にはスポンサーロゴが敷き詰められたパネルが映っている、あそこです。
参照:ウィキペディア
選手は試合が終わると、柵で区切られた通路へと係員に誘導されます。通常、アリーナ(体育館エリア)を出るまでは選手誘導係が案内し、通路エリアに出たら広報の係がミックスゾーンに選手を誘導します。
「ミックスゾーン」通訳は大胆な臨機応変さが求められる
ミックスゾーンはかなり体育会系な動きと臨機応変な自発的対応が求められます。
ミックスゾーンには色々なメディアが居ます。各国のTV、ウェブ媒体、雑誌や新聞記者。並び方の順番は、最初にブーススペースにお金を払ってRightsを買っているメディアが、一番最後にスペースを買わないNonRightsメディアが居ます。
記者の仕切りや交通整理
各メディアやジャーナリストが必要な選手を止めてインタビューするのですが、そこの交通整理をするのも通訳が兼務(スタッフが分かれている場合もあります)。
メディアの順番調整
メディア対応に雇われている通訳は、どのメディアがどの選手をインタビューしたいのか把握して、それによって選手を各メディアに誘導する順番の整理とタイムキーピングをします。
なので、通訳は選手の同線も確認しておかないといけないし、あらかじめ各メディアにどの選手を止めたいのか情報を得て、他のスタッフたちに無線で共有する必要があります。
交通整理をしないと、ミックスゾーンで、注目選手が通る場合に報道陣が殺到し、カオスです。
選手が答えやすい場をつくる
選手も誘導がスムーズでないと機嫌が悪くなります。記者は記者で、通訳もうまい具合に取材回して、記者がみんなよく聞こえるように調整して話す余裕がないと苦情がでます。
ちなみに取材対象者を言葉どおり記者が囲み、立ち話をする「囲み」というそう。一方、歩いている対象者に平行しながら歩き、話を聞くのは「ぶら下がり」。プロ野球など、この取材手法が多いらしいです。
どちらも記者と選手の物理的な距離感がある記者会見と違い、近い距離に大勢の記者がつめよることで威圧感が出がち。そういった、威圧感で選手が答えづらい雰囲気にならないように気も配ります。
記者会見での通訳
ミックスゾーンのほかに選手の通訳をする場と言えば、記者会見。
決勝戦後には記者会見の場が設けられます。日本人が優勝すれば海外メディア向けに通訳、外国人選手が優勝すれば日本記者との質疑応答を通訳します。
話者以外は静まり返っている記者会見の緊張感は、ミックスゾーンのハラハラした緊張感とは一味違った感覚。別の疲れを感じますね。
おまけ:会場内での優勝コメント通訳
決勝戦のあと、終了した種目からすぐに表彰式に移るケースがあります。そこで、優勝した選手が場内で勝利インタビュー受ける場合があります。
日本で行われる国際大会では、日本選手が優勝しても、外国人選手が優勝しても日英両方で勝利インタビューのアナウンスを流す必要があるケースも多々あります。そんなとき、通訳者は必須。
勝利コメントは反響の激しい体育館内やスタジアムで行われることも多く、選手の隣にいる通訳はコメントが聞き取れないこともしばしば。大会の来場者全てが聞いているだけでなく、テレビで生中継されている事が多いため、通訳者の緊張度も高く、ストレスフル。
スポーツ通訳になるには?ココが大事!なポイント
スポーツ通訳は、「ビジネスの通訳とは違うな」と感じるスポーツ通訳ならではの特徴がいくつかあります。特に感じているのが以下の違い。
スポーツ選手に快く話してもらう
スポーツでの通訳は、例え選手チームにつく通訳では無く、メディア対応につく通訳であっても、選手が「心を打ち明けられる話し相手」になることが理想だ。
普段から選手との交流があって、信頼関係が気づけるようなポジションが理想。だが、たまにある大きな国際試合だけで通訳をしている立場では、その信頼構築はなかなか難しい。
では、どうするのか?
大きなリアクション
大きく頷く、表情で大げさにリアクションするのが、一番効く。
普通なら、通訳は黒子であり、クライアントに訳す前にリアクションをしてしまうのはダメな行為。でも、スポーツの現場では必要だ。
選手は通訳が訳した質問を聞いて、通訳に向けて回答をする。回答中に通訳の反応が薄いと、なかなか回答内容も濃いところまで行かずに終わるという選手も多い。インタビュー慣れていていて、いわば台本的に事前に回答を用意してくれる選手もいるが、そういったプロ対応な選手は少数派だ。
共感
通常は、聞き出すために、まず通訳が共感。話している最中に通訳が共感を示し続けることで、選手も安心して話続けてくれる。
実際に「この通訳だから選手が色んなこと話してくれる」通訳者もいる。時間オーバーしても選手が話しちゃうというくらい。それは、それだけ選手との信頼関係が築けているのだ。
もちろん、スポーツに関する知識も必要だが、それは選手に興味を持って、彼らと交流するようになれば知識はもれなく濃厚に付いてくる。だから、一番必要なのは良き話し相手であり、この人に頼りたいと思われる選手サポーターになることなんだ。
メディアが満足するコメント取り
ミックスゾーンで選手を止められる時間は短い。そんな短い中で、如何にメディアが満足するような選手コメントを引き出せるかが勝負だ。
ミックスゾーンでのインタビューは、ノンライツホルダーでも一応規定では3分とか4分とかあるが、そこまでガッツリ話してもらえないことのほうが多い。理由は二つ。
スポーツ通訳の難しさ
ミックスゾーンのインタビューが難しい理由1:選手が早く帰りたい
試合が終わった後の選手は疲れている。身体もだがメンタルも。そんな選手たちは、素早くミックスゾーンを立ち去りたい時が多い。最長で3分時間がありますよーとか、4分ありますよーと言っても、そもそも選手が1問2問くらいしか受けてくれないことも多いのだ。
ミックスゾーンのインタビューが難しい理由2:通訳が入ると時間は2分の1
3分や4分といった持ち時間は、通訳を含めたインタビュー時間。通常の会話なら通訳が入る会話の2倍話せるだろう。
また、回答によって質問を変える(質問をかぶせていく)というのも、時間が限られる通訳ありインタビューでは行いづらい。もともと聞きたい質問がいくつかあって、答えに関わらず元来聞きたかった質問を全部聞いて、答えを貰う必要がある。
そんなわけで、なかなかテンポ良い、積み上げるような質疑応答に仕上げることは難しい。
臨機応変なコーディネート能力
通訳はよく板挟みになる。変な質問を投げる記者、それに気分を害する選手。早く帰りたくてインタビューリクエストを振り切って帰っちゃう選手、記者に責められる通訳。
できるだけ先に回ってメディアの数を把握し、時間を計算し、インタビューの順番を回し、各インタビューを仕切り、コメントを取れない記者が居ない状況を作る。できないときは、コメントを自分で拾うなど。
国際関係に精通する
国際戦ともなると国と国の交渉という局面にも備えなければならない。
放映権にも国の時差がからむし、政治的な交渉要素に大会関係者の発言や行動が起因する場合がある。そうすると、国同士の政治的な立場によって大会中の出来事を色々と脚色されて発信されてしまう可能性があるからだ。
そういった思わぬ方向に話が進まないように、通訳が神経を使う場面もある。
クライアントが色々と前もって、起こりうる政治的もしくは力関係による問題ついて説明してくれる場合もある。だが、前もって打合せが必ずあるわけではなく、現場で瞬時に臨機応変さが求められる事も考え、前もって普段から国際関係を頭に入れてスポーツ関係者や観客の情報収集をしておく必要がある。
スポーツ通訳のなり方
チームのマネージャーやスポーツ協会に所属
特定のスポーツが好き!という理由でスポーツ通訳になるなら、チームのマネージャー的なポジションで選手側のスタッフ所属になるか、該当スポーツの協会所属が良い。
しかし、通訳の仕事自体が好きな場合は、物足りなくなること間違いなし。たとえそのスポーツが病的に好きでも、通訳の仕事自体面白く感じるならば、全く同じジャンルの仕事、かつ関わる人もほぼ固定のチームの場合、通訳内容自体も難しくないし、通訳にこなれるのも早い。子慣れてきた頃に飽きがくる。
通訳の専属になるほど業務量は多くないと思われるので、その他の業務をメインにして、たまに通訳と言うポジションになるかもしれず、通訳好きにはストレスかもしれない。
スポーツジャーナリスト&スポーツメディア
スポーツ全体が好きなら、スポーツメディアに就職したり、スポーツジャーナリスト兼通訳になるのも良い。
スポーツについて取材、ストーリーの作成、発信が好きならばバイリンガルで取材できるのは大きなアドバンテージ。通訳専業ではないが、インタビューをする側に回ることで、実質訳す業務が多く発生する。複数のスポーツを担当することにもなるのでスポーツ好きにはお勧め。
スポーツの会場担当やボランティアからのスポーツ通訳者
おなじみオリンピックや世界大会では多くのスタッフが必要になる。ボランティアのバイリンガルスタッフも多く必要とされるため、最初の経験を掴む間口は広い。
まとめ
本記事ではスポーツ通訳について、現場での仕事ぶりを臨場感もってお伝えすると共に、最後はスポーツ通訳のなり方もサラッと触れました。
スポーツのイベントで通訳が何をどうしているのか気になった人、読んで参考になれば幸いです。