マーケティングの致命的欠陥3選:刺さるストーリーをゴミに変える、補助金スタートアップの末路

とある企業のCMOから「刺さるストーリーを作りたい」と依頼を受けた。投資家からの資金も潤沢にあり、外部のマーケティングパートナーも十分に活用しているとのこと。

だが、現状のコンテンツを精査して驚いた。その企業のデジタルコンテンツには、ストーリー以前の「致命的な欠陥」があったのだ。彼らはWebを、単なる「デジタル印刷物」として扱っていた。

情報の構造化も、SEOの概念も、アルゴリズムへの最適化という認識も皆無。 親切に構造化やファネルの話を説いた私に、そのCMOはこう言い放った。 「わからないから、私にでも分かるように説明しろ」「そんなことより今すぐ使える刺さるストーリーは何?」

驚愕した。現代のビジネスにおいて、この言葉は「私はデジタルで商売をする気がない」という敗北宣言と同義だ。

住所不定の家を建て、全盲の客(検索エンジン)に「絵を見ればわかるだろ」と凄む。そんな「20世紀の化石」たちが、資金だけ潤沢なスタートアップの成長を根底から腐らせている。その残酷な現実を、ここに記しておきたい。

デジタルを「魔法」だと思っている意思決定者の罪

多くの企業の意思決定者は、デジタルマーケティングを「魔法のランプ」か何かだと勘違いしている。彼らにとってウェブサイトは単なる「印刷物のPDF版」であり、広告を打てば魔法のように売れる場所。しかし現実は違う。

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アルゴリズムというGatekeeper(門番)の存在

現代のインターネットにおいて、主導権を握っているのは人間ではなく、アルゴリズムという名の冷徹な「門番」だ。 SNSもYouTubeもオウンドメディアも、読者に届く前にまずこの門番に「何について書かれた、誰に役立つ情報か」を正しくカテゴライズさせる必要がある。

「ナラティブ(物語)の前に構造化だ」と説明しても、彼らはまるで私が呪文を唱える精神異常者であるかのような目で見る。しかし、アルゴリズムが理解できない言語で書かれた情報は、この世界では「存在しない」のと同じなのだ。

アルゴリズムは、もう一人のユーザー

私は以前、一企業のCMOにこう説いたことがある。 「アルゴリズムというのを、一人の人間だと思ってください。あなたも毎日スマホをスクロールして、『好みじゃないものが流れてくるな』と感じることがあるでしょう。その違和感の正体こそが、アルゴリズムという人の『好み』なんです」

デジタルにおいては、情報は直接「人間」には届かない。まずその手前にいる、アルゴリズムという名のユーザーに「これは誰に届けるべき情報か」を正しくカテゴライズさせる必要がある。

このアルゴリズム=「検索エンジン」という名のユーザーへの配慮こそがSEOの本質であり、構造化なのだ。Googleの公式ドキュメントにも「検索エンジンもユーザーの一種である」という一節がある。この最初にして最大の案内人を「わからない」と切り捨てることは、ビジネスの入り口を自ら閉ざすのと同義だ。

ウェブサイトの構築時には、ユーザーを念頭に置き、見つけやすく閲覧しやすいサイトになるよう工夫するのが普通です。検索エンジンもユーザーの一種ですが
—— Google検索セントラル公式ガイドより

それ、誰が見るんですか? 現場を凍りつかせる「3大・嫌なマーケ」

構造化の概念が無い企業はありとあらゆる「やったら駄目な事」を活用して、自社のオウンドメディア、公式サイト、オンラインショップ、SNSを運営している。URLからナラティブ、ユーザーの動線、データの扱いまで全てを「気分」で決めているので、当然ながら以下のようなことも起こってしまう。

  • 1. 情報の渋滞サムネイル
  • 2. 言語の闇鍋YouTube
  • 3. PDF画像化ブログ

具体的にどういうことか、何が問題か、一つずつ詳しく解説してみよう。

1. 情報の渋滞サムネイル:0.1秒の視認性を無視した自己満足

デジタル構造を理解しないCMOが作成した、情報の渋滞したサムネイルの例
デジタル構造を理解しないCMOが指示した結果できあがる、情報の渋滞したYoutube用サムネイルの例

「これも、あれも」と、一つのサムネイルに6つも7つも訴求を詰め込む。指摘されても、彼らはなぜそれが悪いか理解できない。指摘をする人間が居ようものなら、その人物を排除することで解決する。

しかし、考えてみて欲しい。 人間は0.1秒で情報の優先順位をつけられない。情報過多なサムネは誰のためのコンテンツか一瞬で判断できないので、無視される運命にある。彼らは普段、自分がスマホをスクロールする際、文字だらけのサムネイルを無意識に「ゴミ」としてスルーしている事実にすら気づけないのだ。

2. 言語の闇鍋YouTube:プレイリストなし、多言語混在の「おすすめ拒否」

一つのチャンネルに、ピッチ動画、社内自撮り、エモいCSR動画を、3ヶ国語混ぜこぜで、しかもリスト分けもせずに放り込む。 「超大手もやっている」という言い訳は通用しない。彼らはすでにブランドがあるから「倉庫」として使っても害がないだけ。認知もリードも必要なスタートアップがこれをやるのは、アルゴリズムに「このチャンネルを誰にもおすすめするな」と指示を出しているのと同じだ。

3. PDF画像化ブログ:検索エンジンへの宣戦布告

プレゼン資料を画像化して、ブログとして貼り付けるのがオウンドメディアであると思っているCMO、そして困る社員やユーザー。

ピッチ用のパワポを画像化してブログに貼り、タイトルはスライドの見出しのまま。 これは検索エンジンに対する「お前らには絶対に中身を読ませない」という宣戦布告になってしまう。テキストデータのない画像は、検索エンジンの目には「何も書かれていない空白」に映る。

このような画像ブログを誇示してしまう背景に、企業側のコンテンツへの根本的な考え方が見える。見せたいのは顧客への解決策ではなく、自分の「作った感」だけなのだ。どうやら、最適化はアルゴリズムのためではなく、読者のためでもなく、発信側への最適化のよう。これでは個人SNSと同じである。

大手出身CMOがスタートアップで陥る「リソース依存」の罠

B2CであれB2Bであれ、大手企業の日本法人で長年コーポレートマーケティングやフィールドマーケティングをやってきた層がはまりがちな罠がある。

彼らは内部調整や外部パートナーやベンダーとのコネクション作りには長けているが、ハンズオンの経験が無い、もしくは薄い。

戦略を各パーツの実務レベルに落とし込んで、パートナーやベンダーに伝えるスキルも経験も無い事が多いのだ。ゆえに、外部ベンダーを「魔法使い」だと勘違いしている。優秀な(名の知れた)外部ベンダーに頼めば大丈夫だと信じている。発注書一枚で、アルゴリズムという門番を抱き込めると信じているのだ。

しかし、ベンダー側も、クライアント(CMO)のプライドを傷つけてまで「御社のサイト構造はゴミです」とは言わない。頼まれた「刺さるストーリー」だけを納品し、成果が出ないのは「市況のせい」にされる。本当は、刺さる場所に置いていない、刺さるストーリーを完成させるためのファネルが無かったりするのが致命傷なのに。

比較項目 大手出身者が得意なこと スタートアップで必要なこと
主戦場 社内調整・ブランド維持・予算管理 市場開拓・リード獲得・仕組み作り
デジタル認識 印刷物の延長(PDF・綺麗なサイト) アルゴリズム最適化・データ構造化
実務スタイル 外部ベンダーへの「発注」と「管理」 自ら設計図を引き、実装を指揮する
武器 潤沢な広告予算と既存の知名度 デジタル資産の「構造」と「機動力」

※大手で通用した「管理能力」は、ゼロからの「構築」が必要な現場ではしばしば負債となる。

なぜ「補助金スタートアップ」は知的怠慢に陥るのか

多額の資金を投入しながら、基本的なマーケティングも根本的な実務も機能していない。この惨状が、潤沢なキャッシュを持つスタートアップで顕著に現れるのは、決して偶然ではない。「補助金」や「過剰な資金調達」に支えられた構造そのものが引き起こす、必然の病理なのだ。

痛みを伴わない集客

自腹を痛めず、次々と投入される資金で大型イベントやその他TOFU型キャンペーン(認知を広げるための施策)を回し続けられる環境では、1円の重みを知る必要がない。1クリックの裏側にある「構造化」の重要性を、肌感覚として理解する機会さえ失われている。

「見栄え」という出口戦略

彼らが向いているのは顧客や検索エンジンではなく、次のラウンドを勝ち取るための投資家だ。説明しやすい「刺さるストーリー」や「豪華なYouTube」といった表層には執着するが、その裏側で資産としてのデジタル基盤を整える泥臭い作業は、彼らの評価対象にすらならない。

専門家=下請けと履き違える文化

資金があるゆえに、わからないことは「金で解決できる」と信じている。しかし、デジタルの構造化は経営そのものだ。それを外注先に丸投げし、自らは「理解しようとすること」を放棄した瞬間、その企業の成長は砂上の楼閣と化す。

「わからない」はプロとしての死亡診断書

「構造化されていないから認識されない」という論理的な指摘に対し、CMOが「わかるように説明しろ」と開き直る。 CMO(Chief Marketing Officer)という肩書きが、「Critically Misaligned Organization(致命的にズレた組織)」の略に見えてくる瞬間です。

検索すらしない、AIにも聞かない「知的怠慢」の代償

最も絶望的なのは、彼らの中に「調べる」という行為が欠落していることです。 SEOの欠陥を指摘されても、ググりもしない。AIに問いかけもしない。その「知的怠慢」は、結局のところ「ユーザーが何に困り、何を検索しているか」という他者への興味が皆無であることの裏返しです。

自分たちが作りたいものを、自分たちのやりたいようにバラ撒く。 そんな「裸の王様」たちが、今日もデジタルの闇に、誰にも届かないゴミを積み上げているのです。

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この記事を書いた人

Macaron

米国コーネル大学卒、イタリアの大学院修了。SAPや日産自動車などのグローバルプロジェクトにおいて、戦略立案から多言語コピー、現場のロジスティクスまでを完遂してきた「現場に強いマーケター」。現在は石垣島と神奈川の二拠点生活を送りながら、自社メディアを実験台にSEOや越境リモートワークのワークフローを構築。その知見を外資系企業の日本市場参入(GTM)支援へと還元している。